暗号資産(仮想通貨)の取引において、近年「トラベルルール」という新しい規制が導入され、多くのユーザーが戸惑いを感じています。
従来は比較的自由に行えていた暗号資産の送金や取引が、新たなルールによって制限されるケースが増えており、これまでの取引方法を見直す必要が生じています。
トラベルルールはマネーロンダリングやテロ資金調達の防止を目的として、国際的に導入が進められている規制です。
しかし、この規制の内容や影響について正確に理解している人は多くありません。
「なぜ急に送金できなくなったのか」「どのような対策を取れば良いのか」といった疑問を持つ方も少なくないでしょう。
本記事では、トラベルルールの基本概念から具体的な影響、そして効果的な対応策まで、包括的に解説していきます。
暗号資産を安全かつ効率的に利用するために、正しい知識を身につけておきましょう。
トラベルルールとは

トラベルルールとは、FATF(Financial Action Task Force:金融活動作業部会)が策定した国際的なガイドラインに基づく規制のことです。
正式には「仮想資産サービスプロバイダー(VASP)間での顧客情報の共有に関する規則」と呼ばれ、暗号資産の送金時に送信者と受信者の情報を取引所間で共有することを義務付けています。
この規制は、従来の金融システムで適用されていた「電信送金に関するトラベルルール」を暗号資産の分野に拡張したものです。
銀行間の国際送金では以前から送金者と受信者の詳細な情報共有が必要でしたが、暗号資産の世界では匿名性や自由度の高さが特徴とされてきました。
しかし、マネーロンダリングやテロ資金調達への対策として、暗号資産分野にもこの規制が適用されることになったのです。
具体的には、一定額以上の暗号資産送金を行う際に、送金者の氏名、住所、口座情報などの個人情報と、受信者の氏名、口座情報などを取引所間で共有する必要があります。
日本では、暗号資産交換業者間での送金において、1回あたり10万円相当額以上の取引でこの情報共有が義務付けられています。
トラベルルールのシステムは2種類

トラベルルールを実装するために、現在主に2つのシステムが開発・運用されています。
これらのシステムは、取引所間での顧客情報共有を効率的かつ安全に行うためのインフラとして機能しています。
SYGNA Bridgeシステム
SYGNA Bridgeは、台湾のCoolBitX社が開発した分散型のトラベルルール対応システムです。
このシステムは、ブロックチェーン技術を基盤として構築されており、取引所間での情報共有を自動化・効率化することを目的としています。
SYGNA Bridgeの主な特徴は、プライバシー保護と規制遵守のバランスを重視している点です。
送金に必要な情報は暗号化されて共有され、必要に応じてのみ復号化されるため、不要な個人情報の露出を最小限に抑えています。
また、API連携により既存の取引所システムとの統合が比較的容易である点も特徴的です。
現在、日本を含む複数の国の取引所がSYGNA Bridgeシステムを採用しており、国際的な標準システムの一つとして位置づけられています。
TRUSAシステム
TRUSA(Travel Rule Universal Sharing Architecture)は、より分散型のアーキテクチャを採用したトラベルルール対応システムです。
TRUSAは、中央集権的な管理者を持たない分散型ネットワークとして設計されており、参加する取引所が平等に情報共有ネットワークに参加できる仕組みを提供しています。
TRUSAシステムの特徴は、PKI(公開鍵暗号基盤)を使用した強固なセキュリティと、相互運用性の高さです。
異なる地域や規制環境にある取引所同士でも、統一されたプロトコルを通じて情報共有が可能です。
また、オープンソースプロジェクトとして開発されているため透明性が高く、多くの事業者が参加しやすい環境が整っています。
トラベルルールによって安全性が向上する

従来の暗号資産取引では匿名性が重視されてきましたが、この特性が悪用されるケースも少なくありませんでした。
トラベルルールの導入は、暗号資産エコシステム全体の安全性向上に大きく貢献しています。
最も重要な効果は、マネーロンダリング行為の防止です。
従来は、複数の取引所を経由して資金を移動させることで、資金の出所を隠すことが比較的容易でした。
しかし、トラベルルールにより送金者と受信者の情報が記録・共有されるため、不正な資金の流れを追跡できるようになっています。
例えば、違法行為によって得られた暗号資産を複数の取引所に分散して送金し、最終的に現金化するといった手法は、情報の共有により発見されやすくなりました。
そのため、犯罪者にとって暗号資産を利用した資金洗浄のリスクが大幅に高くなっています。
また、国際的なテロ組織による資金調達活動の防止も重要な効果の一つです。
テロ組織は従来、匿名性の高い暗号資産を資金調達や資金移動に利用するケースがありました。
トラベルルールにより、こうした活動を早期に発見し、阻止することが可能になっています。
トラベルルールのデメリット

トラベルルールの導入により安全性は向上しましたが、同時にユーザーにとって不便な側面も生じています。
- 同じシステム同士でないと送金できない
- 必要な情報が増えた
同じシステム同士でないと送金できない
トラベルルール導入後の最も大きな制約の一つが、異なるシステムを採用している取引所間での送金制限です。
前述のように、現在主にSYGNA BridgeとTRUSAという2つのシステムが存在しており、これらは相互に互換性がありません。
例えば、送金元の取引所がSYGNA Bridgeを採用し、送金先の取引所がTRUSAを採用している場合、直接的な送金ができない可能性があります。
また、同じシステムを採用していても、技術的な設定や運用方法の違いにより、スムーズな送金ができない場合もあります。
さらに、システムのアップデートや設定変更により、一時的に送金が制限される可能性も考慮する必要があるでしょう。
必要な情報が増えた
トラベルルールにより、送金時に提供する必要がある情報が大幅に増加しました。
従来は送金先のアドレスと金額を指定するだけで済んでいた送金が、現在は詳細な個人情報の入力が必要になっています。
| 個人 | 法人 | |
| 送付人情報 | ・氏名 ・住居もしくは顧客識別番号等 ・ブロックチェーンアドレス/アドレスを特定できる番号 | ・名称 ・本店または主たる事業所の所在地/顧客識別番号等 ・ブロックチェーンアドレス/アドレスを特定できる番号 |
| 受取人情報 | ・氏名 ・ブロックチェーンアドレス/アドレスを特定できる番号 | ・名称 ・ブロックチェーンアドレス/アドレスを特定できる番号 |
具体的には、送金者の氏名・住所などの基本情報に加えて、受信者の氏名・口座情報、場合によっては受信者の住所や連絡先も必要です。
また、送金の目的や資金の出所についても説明を求められる場合があります。
この情報提供要求により、送金手続きが従来よりも複雑になり、時間もかかるようになりました。
特に、受信者の情報を正確に把握していない場合や、受信者が個人情報の提供を拒否する場合には、送金自体が困難になります。
また、入力ミスや情報の不備により送金が失敗するリスクも高くなり、間違った情報を入力した場合、送金が拒否されるだけでなく、場合によっては資金が一時的に凍結される可能性もあります。
トラベルルールに対する対応策

トラベルルールによる制約を回避し、効率的に暗号資産を利用するには、適切な対応策を講じることが重要です。
以下に、実用的な対応方法を詳しく解説します。
- 個人ウォレットから送金する
- 複数の取引所で口座開設をする
個人ウォレットから送金する
最も効果的な対応策の一つが、個人ウォレット(セルフカストディウォレット)を活用することです。
「一部の取引所では、個人ウォレットからの入金についても追加の本人確認が求められる場合があります。
例えば、安全で信頼性の高い個人ウォレットとしては、ハードウェアウォレット(Ledger、Trezorなど)やソフトウェアウォレット(MetaMask、Trust Walletなど)があります。
セキュリティを重視する場合はハードウェアウォレット、利便性を重視する場合はソフトウェアウォレットがおすすめです。
ただし、個人ウォレットを利用する際は、秘密鍵の管理は完全に自己責任となるため、紛失や盗難のリスクがあります。
また、一部の取引所では個人ウォレットからの入金についても本人確認を強化している場合があるため、事前に確認してください。
複数の取引所で口座開設をする
異なるトラベルルールシステムを採用している複数の取引所で口座開設することも有効な対応策で、送金先に応じて最適な取引所を選択できるようになります。
まず、主要な取引所がどのトラベルルールシステムを採用しているかを把握することが重要です。
2023年以降、国内主要取引所の多くはSYGNAからTRUSTへの移行を進めています。
| 取引所名 | 対応システム |
| コインチェック | TRUST |
| ビットフライヤー | TRUST |
| SBI VC トレード | TRUST SYGNA |
| GMOコイン | SYGNA |
| ビットポイント | SYGNA |
| ビットバンク | SYGNA |
このように取引所によって対応システムが異なるため、どちらのシステムにも対応できるように複数の取引所の口座を解説しておくと便利です。
まとめ|トラベルルールは安全性向上を目的に作られた
暗号資産業界は急速に発展している分野であり、規制環境も継続的に変化しています。
トラベルルールの導入により、従来の自由度の高い取引環境から、より規制に準拠した透明性の高い取引環境へと変化しました。
こうした動向を注視しながら、適切な知識と対応策を身につけることで、安全かつ効率的に暗号資産利用や投資を継続できます。
トラベルルールは確かに新たな制約をもたらしましたが、同時に暗号資産業界の健全化に大きく貢献しています。
この規制を正しく理解し適切に対応することで、より安全で信頼性の高い取引環境を作れるでしょう。

